美しい脚の形 Beautiful Legs

Sakuramakoto Kichijoji , Fine Art , My Art 美しい脚の探究 吉祥寺桜真琴

美しい脚のポイントは脚線美。美人は多いが美脚は少ない。自分の脚を癒しにする?

 

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美しい脚のポイントは脚線美。美人は多いが美脚は少ない。

脚線美という言葉があるように、脚の美は、まず線として把握される。
容積や感触ではなく、外側のラインが第一の要素である。
立体的な彫塑作品よりも、平面的な絵画や写真画像の方が、よりいっそう脚の美が感じられる。

人体の線で、一般的に美しいとされる個所は、身体全体の線である。つまりは裸体である。
しかし、それは通常の生活では、隠さなければならない。
日常的に出してよいところは、頭、腕、手、脚、足である。
足はそのまま出すにははばかられる。また、首から上の頭は出さなければ逆に怪しまれる。

日常的に露出可能で、美しい線は、どこだろうか。
顔も含めて頭は、細々しすぎていて、線の美と言うよりは、小さなパーツの集積の結果である。
残るは腕、手、脚であるが、手は、指はともかくとして、手のひらそのものにラインの美しさがあるのかは、微妙だ。
腕は美しい部位だが、いまひとつ、迫力に欠ける。
残るは、脚である。
脚部には、適度な大きさ、線の持続、単純な形態、そこに宿る無限のバリエーション、上に乗せた物体を簡単に移動させるパワーがある。
生殖機能をその上部に隠し持っている。それも何らかの影響があることだろう。

総体として、脚には美的価値があると言わざるを得ない。
美しい脚線への欲求は、ヒトの心に宿る奥深い郷愁のようなものである。

こう考えてくると、美脚、美しい脚を、自らの肉体の一部として得るためには、どんな方法があるのかではなく、そもそも、脚線美が「ある」ものならば、それを人為的に、現出させたり変化させたりすることが、できるのかどうかを考えるべきである。

ある種のクラシックカーは、美しい。車の機能の制約下で、人間がデザインしたものである。
にもかかわらず、だれもが意見の一致をみるような、美しい車はない。各人各様の好みがある。

だれもが否定しようのない美脚、綺麗な脚、美しい脚は、存在するのだろうか。経験的には、肯定意見が多いのではなかろうか。
「脚の美」には普遍的なものがあるのではないか。
人体という制約の中で、どうしようもなく美を発散する部位ではないのか。

であるなら、それはデザインできるのではないか、と思いたいのだが、しかし人体は機械ではない。しかも、日々刻々変化する。
美を発見した瞬間から、絶え間のない劣化に晒されている。またはごくまれに、美の純化発展を約束されている。

脚の美を、画像に定着させようと思ったのは、こんな理由からで、変わった趣味であろうが、当人はいたって真面目なつもりである。

そこから見えてくるものがあった。それを解説しようとしたけれども、どうも、客体が自分自身であるというところに、さすがに気恥ずかしさが出る。人は自己を、完全に客観視できない。隠し切れない照れや、腹立ち、虚しさを感じることもある。

しかし、お気づきの通り、ネットに、美しい脚についての、画像や文章を出したり消したりしてきた。だらだらと、脚露出画像と短文とを、繰り返しブログ等に出してきた。もちろん自己満足で、いつでもどこでも、きれいな脚を見て、自分で癒されるためなのだが、結局のところ、美脚、美しい脚によって現出される「美」について、簡単に書いておくことは、趣味的に面白いわけである。

 

私たちは、人の容姿容貌に対しては、あまり判断に迷うことがない。
生まれたばかりの赤ちゃんも、母親が美しいかどうかはわかるらしい。
また、母親も、かわいい赤ちゃんとそうでない赤ちゃんには、見つめる時間や微笑む時間の差があるという実験結果を、読んだことがある。

「美は残酷で、おっかないもんだぜ」とドストエフスキーは書いた。おそらく本音だろう。

顔は整形手術で変えることができる。隣国やタレント業の者を見ればいいだろう。美容外科は、歯医者並みの気安さである、とソウル延世大学の知人から聞いた。
顔は信じることができない。まあ、造りものの顔でも、今が、美しければいいじゃないか、という説も成り立つ。

では、脚はどうか。嬉しいことに、美脚になるための脚の美容形成外科手術は、存在しないようだ。おそらく、これからも無理だろう。
もちろん先天後天の障害除去や歩行機能回復の手術は、当然に可能である。

しかし、美しい脚を、外科的手術で作ろうとしても、部位の大きさ、微妙なラインの変化、大きな負荷のかかる運動能力その他の要因で、無理だと思う。
だからこそ、美脚の価値は非常に高い。顔面の美的偏差値よりも、うんと高い。なぜなら、天然ものだからである。養殖魚ではない。自然物である。その人固有の肉体的価値である。

美人は多く存在する、多すぎて当然のような環境もある。
しかしながら、美しい脚となると、極端に少ない。
水準を満たす満足できるような美脚を、なかなか見ることができない。運よく現物に遭遇したら、それこそ幸運中の大幸運である。

顔面はバリエーションがありすぎて、短所の中にも長所がたくさんあるから、それでごまかしがきく。
ところが、脚は、なるほど美的なラインや質感が複雑にしても、一見、単純な形態でもある。顔のように、目も鼻も口も頬も顎も額も髪型すらない。
面と線がそのすべてである。だから、単純な素材で美を感じさせなければならない。それは、簡単なようだが、現実には非常に高いハードルがある。
簡単に美脚だなんて、口に出すことができない理由が、ご理解いただけただろうか。

現実は何よりも強い。美しい脚に遭遇したならば、それは周囲を圧倒し、氷漬けにする。時間を止める。美が、沈黙を要求する。
実際、そういう場面に出会わしたことがある。実に傑作で興味深い出来事だった。


さて、美しい脚という困難な美を得ようとするわけである。人は、とんでもない願望を抱くものだが、巷には、美脚の条件、美脚の形、美脚になる方法、こうすればあなたも美脚になれる、などと、宣伝文句があふれている。なんとも、不思議なことである。

安易で安価で、お手軽に、きれいな脚が手に入るのならば、街中そこら中に、美脚があふれているはずである。ところが、きれいな脚は滅多に見つからない。

つまりは、きれいな脚は、眺めるもので、手に入れるものでないのか。得ようとして得ることができるものではないのだろうか。

わからん。知らん。答えは、今のところ留保しておきたい。

 

 

美脚の要素はいろいろあるが、太さ長さ曲線が、三大要素である。
特に太ももは重要である。
太ももの微妙なふくらみが、難しい。太くても細くても、美的な感動を出すほどの微妙なバランスは、人為的には難しい。
物理的な運動は、必要だが、やりすぎると太くなる傾向がある。筋肉が無駄に浮き出すのもよくない。かといって、まったくの水分ぶよぶよでも不足だ。
細すぎても、太くても、よくない。
運動によるバランスと、天然自然のバランスにも、差があるし、どちらがいいかは好みだろう。結局、少年の脚に、特に際立った美脚が稀に出現するわけだが、時分の花と適度な油分水分と、年齢相応の筋肉量の少なさが、作用している。
足穂は、女性美は永続的少年美のことだ、と書いていたが、そこまでとは思わないけれども、人によっては際立った脚線美が一時的に出ることがある。どちらにしても、総体で言えば、男子は、女子の美には、全然敵わない。

 

よく、いわゆる美脚だ、きれいな脚だと、言われた本人が、別に手入れも何もしていない、と返答することがある。あれは本心だろう。
でも、それを言ってしまうと、他人の反感を買う恐れがあるので、逆に、こんなことしていますと、方法を話す人もいるけれども、怪しい。
むしろ、放置しています、というのが、本当だろう。

それがその人にとって、本当に効果のあるものならば、あえて他人には言わないだろう。言うのは宣伝や商売か、または、実際には効果が薄いものだからだろう。よって、秘密は公開しないのではないか。または、あえて公開しても、誰にでも効果があるわけでもないだろうから、余裕で公開していることだろう。すべては、秘すれば花である。

これほどまでに、脚線美は固有のもので、そうそう変化するものではないと言えると思う。

脚部のような大きな部位が美しい場合、自然そのままで美脚であることが多い。美容整形が、脚にかぎっては、たぶん存在せず、小さな部位である顔面に、美容整形の実例が多いのも理由のあることなのだ。

脚ダイエットなどが、可能かどうかは、これも微妙である。ダイエットした結果、脚線美をゲットできるかどうかも、未知数だからだ。というよりむしろ失敗するケースが多い。脚は、もとのままの形が一番いいのであって、変更後は劣化する場合が、経験上圧倒的に多い。

しかしそれにしても、気持ちの変化が体の変化を引き起こすことも、間違いない。現に顔面が、まさしくそうである。人前に出ることが多くなると、顔面の変化が顕著である。加えて、女性の場合、化粧するのがデフォルトだから、ぐんぐん綺麗になる。毎日、鏡を見て、自分の顔を点検し化粧をすれば、顔も少しは期待に応えるだろう。

脚の場合も、常に見つめて、それを外部の目に晒すことで、ある程度、向上するかもしれない。
人は誰でもが自分に都合の良い情報を得ようとするから、美しい脚は、自信と多少の行動や運動や訓練で、得ることができるという神話を、頭から信じ込んで、現に実行したりする。
そして、実際にその効果があることも、事実である。

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